「天才少女ヴァイオリニスト」として幼くして全国を巡り、その後は映画や舞台で活躍を続ける鰐淵晴子さん。
彼女の美貌や才能は、音楽一家としての育ちだけでなく、オーストリア・ハプスブルク家の末裔という血筋によっても語られることがあります。
今回はその家系の背景に焦点を当て、鰐淵さんがどのような環境で育ったのかを整理していきます。
鰐淵晴子の父はNHK交響楽団のコンサートマスター!
鰐淵晴子さんの父・鰐淵賢舟さんは、NHK交響楽団のコンサートマスターを務めた日本屈指のヴァイオリニストでした。
海外留学を経て日本のクラシック界を牽引し、自宅では娘・晴子さんに幼い頃から音楽教育を施していたといいます。
晴子さんが“天才少女ヴァイオリニスト”と呼ばれるようになったのも、父の厳しくも温かな指導の賜物でした。
家庭では厳格ながらもユーモアのある人物で、音楽の話になると情熱的な一面を見せる姿が印象的だったと晴子さん自身が振り返っています。
鰐淵晴子の母はハプスブルク家の末裔!

母・ベルタさんはオーストリア出身のチター奏者で、鰐淵晴子さんが生まれる前に来日。

チターとは、中央ヨーロッパのドイツ語圏で広く演奏される弦楽器のことです。
メロディー弦と伴奏弦を使い、指や爪ではじいて音を奏でます。
異国の地・日本で暮らしながらも、家庭ではドイツ語が飛び交う国際色豊かな環境を築いていました。
第二次世界大戦中には東京大空襲の中、地下壕で晴子さんを出産したという壮絶なエピソードもあり、強く芯のある女性だったことがうかがえます。
また、ベルタさんはハプスブルク家の末裔と伝えられ、晴子さんの気品ある雰囲気はこの母譲りとも言われています。
芸術と品格を備えた家庭で育った晴子さんにとって、母の存在は特別な影響を与えたようです。
鰐淵晴子の夫は俳優!
鰐淵晴子さんの元夫は俳優の峰岸徹さんです。
1970年代に結婚しましたが、結婚生活はあまり長く続かず、後に離婚となりました。
当時、晴子さんはすでに女優業で注目を集めており、仕事と家庭の両立が難しかったとも言われています。
峰岸さんは多くの映画やドラマで活躍した名脇役で、プライベートでは寡黙で落ち着いた人物だったそうです。
ふたりの間には娘・理沙さんが誕生しており、別れた後も家族としての縁は続いていました。
離婚後も対立というよりは、それぞれの道を尊重し合う形だったと伝えられています。
鰐淵晴子の娘は声楽家!


鰐淵晴子さんの娘・鰐淵理沙さんは、声楽家として活躍するアーティストです。
1973年生まれで、幼い頃から音楽に親しみ、自然と芸術の道へ進みました。
母・晴子さんとの関係はとても良好で、母娘で舞台に立つ機会もあり、2025年にはクラシックコンサートで共演を果たしています。
理沙さんの歌声には、晴子さん譲りの表現力と気品が感じられ、観客からも高い評価を得ています。
また、SNSやインタビューでは、母への尊敬と感謝の言葉を多く語っており、芸術一家ならではの温かなつながりが伝わってきます。
まとめ
鰐淵晴子さんは、ヴァイオリニストの父・鰐淵賢舟さんと、オーストリア出身でハプスブルク家の末裔とされる母・ベルタさんの間に生まれました。
音楽と異文化に囲まれた家庭で育ち、自身も女優・ヴァイオリニストとして活躍。
俳優・峰岸徹さんと結婚し、娘の鰐淵理沙さんをもうけますが、結婚生活は短期間で終了。
理沙さんは現在、声楽家として活躍しており、母娘での共演も果たしています。
芸術の才能は三世代にわたって受け継がれています。
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